第3章:勝負は出願前にほぼ決まる
第5節:類似商標か否かを判別する
先行商標調査において、自社が出願しようとする商標とまったく同一の先行商標が見つかった場合、第11号の不登録事由(同一または類似する商標が、同一または類似する商品・役務について商標登録されている)に明らかに該当するので、その商標での出願は原則として断念せざるを得ません。
しかし、同一ではないものの、よく似ている先行商標が存在する場合、その商標と自社商標が類似しているかを慎重に判別する必要があります。この判別作業を「類否判断」といいます。
出願人が類否判断を行う目的は、「似てはいるが非類似である」という主張が可能かどうかを見極めることにあります。そのような主張ができれば、その商標で出願し、商標登録を受けることが可能だからです。逆に、主張できなければ、その商標で出願しても商標登録が認められる可能性は極めて低いでしょう。
本節では、商標の類否判断を高い精度で行う方法について説明します。
類否判断の3要素
審査基準は、「商標の類否は、出願商標及び引用商標がその外観、称呼または観念等によって需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に観察し、出願商標を指定商品または指定役務に使用した場合に引用商標と出所混同のおそれがあるか否かにより判断する」と規定しています。
ここで「出願商標」とは、自社が出願した商標をいい、「引用商標」とは、先行する類似商標であると審査官が考える商標をいいます。また、「需要者」とは、消費者および取引者をいい、「出所混同」とは、商品・役務の製造販売・提供を行う者が別人であるにもかかわらず、同一人であると需要者が誤解することをいいます。
したがって、商標の類否判断に当たっては、まずは外観、称呼、観念の3つの要素の比較分析を行う必要があります。
「外観」とは、商標に接する需要者が、視覚を通じて認識する外形をいいます。「称呼」とは、商標に接する需要者が、取引上自然に認識する音をいいます。「観念」とは、商標に接する需要者が、取引上自然に想起する意味をいいます。
上述の通り、審査基準にはこれら3要素を総合的に考慮して判断する旨が示されています。しかし、実際の審査では、3要素のうちいずれか一つでも類似している場合、拒絶理由通知を受ける可能性が高いのが実情です。
称呼の類否判断が最も重要
外観、称呼、観念の3要素のうち、審査基準において類否判断基準が比較的具体的に示されているのは、称呼です。
外観については、「商標に接する需要者に強く印象付けられる両外観を比較するとともに、需要者が、視覚を通じて認識する外観の全体的印象が、互いに紛らわしいか否かを考察する」とのみ規定されています。また、観念については、「商標構成中の文字や図形等から、需要者が想起する意味又は意味合いが、互いに概ね同一であるか否かを考察する」とのみ規定されています。
審査基準にはいくつかの例示(「獣の足跡」と「人の足跡」は外観非類似である、「でんでんむし物語」と「かたつむり物語」は観念類似であるなど)が添えられてはいますが、このように漠然とした基準では、外観と観念の類否判断は審査官個人の裁量に大きく委ねられていると言えます。
このことはしかし、審査官にとって大胆な類否判断はかえって行いにくいことを意味します。
すなわち、外観であれば、よく見ないと判別できないほど酷似している場合でなければ類似と判断されることはなく、観念であれば、全く同じ意味を持つ言葉の言い換えである場合でなければ、類似とされることはまずなかろうということです。
かつて役人であった筆者が断言しますが、特許庁の審査官も役人である以上、漠然とした基準の下で大胆な判断を行いにくいのは当然の心理と言えます。また、弁理士としての筆者の経験上も、外観または観念の類似を指摘する拒絶理由通知を受けたことはいまだかつて一度もありません。
したがって、出願人としては外観と観念については過度に心配する必要はありません。これに対し、称呼についてはかなり具体的な判断基準が示されているため、審査官は称呼に9割以上の比重を置いて類否判断を行っていると考えられます。
2音以上相違すれば非類似
審査基準において、称呼の類否は「比較される両称呼の音質、音量及び音調並びに音節に関する判断要素のそれぞれにおいて、共通し、近似するところがあるか否かを比較するとともに、両商標が称呼され、聴覚されるときに需要者に与える称呼の全体的印象が、互いに紛らわしいか否かを考察する」と規定されるとともに、具体的な考察方法が多数の例示とともに詳細に示されています。
ただし、審査基準は、類似と非類似の判断方法の説明が複雑に入り組んでおり、そのまま引用しても読者には理解しづらいと考えられます。
そこで、「似てはいるが非類似である」と主張する立場から、筆者なりに再整理したものを以下に示します。なお、審査基準の原文は、特許庁の専用ウェブサイト(「商標審査基準」で検索*)で、「第4条第1項第11号」をクリックすれば閲覧できます。
*商標審査基準:https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/trademark/kijun/index.html
まず、出願商標と引用商標の音数が2音以上相違している場合は、非類似と判断します。これには、両商標の全体音数が2音以上相違しているパターン(例:「チャイルドアイランド」と「チャイルドアイ」)と、全体音数が同じで構成音が2音以上相違しているパターン(例:「チャイルドアイランド」と「チャイクロアーランド」)があります。
なお、音数については、拗音(「キャ」「シャ」「ピョ」など)は2文字で1音と数え、長音・足音・撥音(「ー」「ッ」「ン」)もそれぞれ1音と数える点に注意が必要です。上の例で言えば、「チャイルドアイランド」と「チャイクロアーランド」の全体音数は、ともに9音となります。
1音相違でも非類似と主張できる
両商標が1音しか相違していない場合は原則として類似と判断されますが、例外的に以下のような場合には、非類似を主張することが可能です。
第1に、相違する1音が語頭である場合は、非類似と判断します。したがって、前節で見た「チャイルドアイランド」と「ワイルドアイランド」は、非類似と主張できます。
第2に、両商標の全体音数が5音以下である場合は、1音のみの相違でも非類似と判断します。音数が短いほど相違する1音の影響力が重くなるからです。したがって、例えば、「チャイルド」と「チャロルド」は非類似と主張できます。
第3に、相違する1音に強めのアクセントが置かれる場合は、非類似と判断します。したがって、例えば、「チャイルドアイランド」と「チャイルドタイランド」は非類似と主張できます。
第4に、相違する1音が母音であり、互いに近似しない母音(発音時の舌の位置や口の開き具合が大きく異なる母音)である場合、非類似と判断します。具体的には、「イ」と「ウ」、「イ」と「オ」、「エ」と「ウ」、「エ」と「オ」は、それぞれ近似しない母音とされます。したがって、例えば「チャイルドアイランド」と「チャエルドアイランド」は類似ですが、「チャイルドアイランド」と「チャオルドアイランド」は非類似と主張できます。
第5に、相違する音が存在しなくても、称呼の切れ方が異なる場合は、非類似と判断される可能性があります。したがって、例えば商標「child island」と商標「Child-eye Land」の称呼の切れ方は、「チャイルド・アイランド」と「チャイルドアイ・ランド」であるので、非類似と主張することが可能です。
以上5つの例外ケースに該当すれば、たとえ似ている商標との相違が1音以下であっても、出願を検討する意義があると言えるでしょう。
このような商標を出願すると、審査官によっては「全体的印象が互いに紛らわしい」と判断し、拒絶理由通知を送ってくるかもしれません。しかしその場合は、審査基準の該当箇所を引用しつつ上記の判断を具体的に主張する意見書を提出して反論することで、判断を覆せる可能性が十分あります。
非類似と言えない場合はどうするか?
商標の類否判断を行った結果、どうしても先行商標との非類似を主張できない場合、その商標で出願しても商標登録が認められる可能性はほぼありません。この場合にとれる対応としては、主に3つ考えられます。
第1の対応は、その商標での出願を断念し、新たな別の商標で出願することです。この方法が最も確実な対応であるため、多くの場合、筆者は代替案とあわせてクライアントに第一に提案しています(本章第7節)。
しかし、すでにその商標を自社の商品やサービスに長期間使用してしまっているような場合には、ブランドの変更を決断することは容易ではないでしょう。その場合は、第2・第3の対応を検討することになります。
コンセント制度に頼る
第2の対応は、「コンセント制度」の活用です。「コンセント制度」とは、先行商標の商標権者の承諾を取り付けることができれば、商標登録を受けることができる制度をいいます。2023年の商標法改正によって新たに導入された制度です(商標法第4条第4項)。政府は、この制度によって日本企業のブランド選択の幅が広がることを期待しているようです。
とはいえ、先行商標権者の同意を取り付けることは、多くの場合簡単ではないでしょう。商標権者は自己のブランドを独占し類似商標を排除する目的のために費用を投じて商標登録を行ったはずだからです。
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4 第一項第十一号に該当する商標であつても、その商標登録出願人が、商標登録を受けることについて同号の他人の承諾を得ており、かつ、当該商標の使用をする商品又は役務と同号の他人の登録商標に係る商標権者、専用使用権者又は通常使用権者の業務に係る商品又は役務との間で混同を生ずるおそれがないものについては、同号の規定は、適用しない。
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不使用取消審判を請求する
第3の対応は、「不使用取消審判」の請求です。「不使用取消審判」とは、登録商標が3年以上使用されていない場合に、その登録を取り消すことができる制度です(商標法第50条第1項)。
審判請求のタイミングは、先行商標が自社商標と同一であれば出願と同時でよいですが、類似商標であれば拒絶理由通知を受けた後が適当です。審査官が類似商標と判断せず、拒絶理由通知を出さない可能性もゼロではないからです。
とはいえ、先行商標の不使用を確認することは現実には難しく、過去3年以内に広告などで使用していたことを商標権者が証明すれば、商標登録は取り消されません(同条第2項)。さらに、審判請求によって商標権者がこちらの商標の存在に気づき、または反感を持ち、差止請求という反撃に出るリスクもあります。
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第五十条 継続して三年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品又は指定役務についての登録商標の使用をしていないときは、何人も、その指定商品又は指定役務に係る商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。
2 前項の審判の請求があつた場合においては、その審判の請求の登録前三年以内に日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかがその請求に係る指定商品又は指定役務のいずれかについての登録商標の使用をしていることを被請求人が証明しない限り、商標権者は、その指定商品又は指定役務に係る商標登録の取消しを免れない。(以下略)
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使用開始前の先行商標調査が理想
以上のように、いずれの対応にも難しさやリスクがあり、費用もかかります。このような事態を回避するためには、その商標を自社の商品やサービスに使用する前の検討段階で、第1節から本節までに説明した事前準備を確実に行うことが重要です。商標の使用前であれば、新たな商標を選定するという第1の対応をスムーズに進めることができるからです。
文章で説明すると長くなるため、事前準備は一見大変そうに思えるかもしれませんが、慣れれば1件あたり10分程度で完了できる程度の作業です。そのため、複数の候補を事前準備の手順に従って検討し、先行商標調査をクリアした候補の中から最適な商標について出願・登録を行った上で、使用を開始するのが理想的です。
次節では、事前準備の最終ステップとして、出願商標の形態を決定する方法について解説します。