小さな企業が海外市場でブランドを守る方法


月刊「商工会」2023年9月号 寄稿

小さな企業が海外市場でブランドを守る方法



 海外展開は新たな成長の可能性をもたらすチャンスである反面、海外展開後に模倣品による深刻な利益侵害に直面することも少なくない。海外市場でブランドを守る方法を専門家が解説する。


ブランドを守る商標登録


 企業のブランド価値は商標に宿ります。商標(商品・サービスのネーミングやロゴマーク)は、企業のアイデンティティを形成し、他社の商品・サービスとの差別化を可能にします。したがって、企業が海外市場においてブランドを守り、競争力を保つためには、商標登録によって法的な保護を受けることが不可欠です。


 商標登録によって発生する商標権は、極めて強力な権利です。商標権を根拠として、企業は商品の販売や宣伝等において自社の登録商標を独占的に使用できます。さらに、自社の登録商標と同一または類似する商標を他社が無断使用することを予防し、排除(使用差止、損害賠償請求)することが可能となります。


 このような商標登録の法的効果は、程度の違いはあれ原則として万国共通です。ただし、各国の知財制度は「属地主義」を採用しているため、日本で行った商標登録は日本国内でのみ有効であり、海外では通用しません。したがって、海外展開を図る企業は、その国の制度に従ってその国で商標登録をする必要があります。


海外における被害の実態


 商標登録をせずに海外展開をした結果、苦渋を味わった日本企業は少なくありません。たとえば、今や世界的に知られたブランドを持つ日用雑貨店を展開するA社は、1990年代に中国に進出しました。しかし、タオルなど一部の取扱商品について商標登録をするより先に、現地企業B社が同じブランドの商標登録を済ませていたのです。


 それでもA社が商品を販売したところ、B社から商標権侵害であるとして現地の裁判所に訴えられました。裁判は長年にわたった末、A社の敗訴が確定しました。この一件でA社が被った売上・利益の減少、法廷闘争にかけた費用、そして中国でのブランド価値の毀損は計り知れません。もしA社が中国進出に先立って商標登録さえしていれば、このような事態はそもそも起こりえなかったでしょう。


 模倣品被害の発生は圧倒的に中国に集中しています。特許庁の「2020年度模倣被害実態調査」は、「2019年度において我が国の産業財産権を保有する法人が受けた模倣被害の状況を模倣品の製造国、経由国、及び販売提供国に分けてみると、いずれも中国が最多であった。」と指摘しています。なお、製造国では韓国、タイ、香港がこれに続きます(図1)。


マドプロ出願のすすめ


 海外で商標登録を受ける方法として、現地代理人を介して各国の特許庁ごとに直接出願することも可能です。しかし、この直接出願は手間とコストがかかるため、中小企業向きではありません。そこで、マドリッド協定議定書に基づく国際商標出願制度(以下、「マドプロ出願」)を活用することをお勧めします。


 マドプロ出願は、日本の特許庁に対し英語による一回の出願手続をするだけで、複数の指定国に同時に出願したことになる便利な制度です(図2)。世界のほぼ全ての国を指定可能です(ただし香港と台湾は不可)。各国語への翻訳作業や現地代理人の選定が不要となり、また、最長で1年半後には必ず審査結果がわかることが、マドプロ出願のメリットです。


 マドプロ出願に要する費用は、出願内容によって変動します。一例として、指定国を中国、韓国及びタイとし、指定商品を1種類とする出願の場合、国際機関と各国特許庁に支払う料金は合計1511スイスフラン(約24万円)となります。これに特許庁料金(一律9000円)と弁理士料金を加算した金額が、トータル費用です。


 なお、商標登録は模倣品対策に不可欠な要素ですが、それだけで対策が完了するわけではありません。商標登録後は、定期的な市場調査を行い、自社の商標権を侵害しブランド価値を毀損する模倣品を発見次第すみやかに排除できるよう監視を続けることが重要です。


 マドプロ出願や市場調査には一定の費用を要しますが、将来の損失を回避するための投資と考えるべきです。専門家のサポートを受けながら適切な対策を講じることで、中小企業が海外市場においてブランドを確実に守り、新たな成長を実現されることを期待します。